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「おなかすいた」
ぽつりと雲雀が呟いたことで、そういえばホテルに戻ってから夕飯も食べずにベッドに潜り込んだことを思い出した。もう深夜にもなる時間だ、適当に何か摘まむくらいでいいだろうか。
「買ってきたもんでいいか?」
いいよ、と返事をもらってベッドから抜け出す。ナイフでスライスしたチーズをクラッカーに乗せて、ワインボトルとグラスをひとつ用意するだけだ。
「サンドイッチでも買えばよかったな」
一晩寝るだけのつもりの宿には何もなくて、だからこそ夕食はちゃんと外で済ませて部屋では軽く飲むだけのつもりだった。なんにしても雲雀といるのだからそう計画通りに事が運ぶわけはないけれど、今回は自分に原因がなくもないから文句は口に出ない。ただ、真夜中でもコンビニに行けば何でも手に入る日本が少し恋しくなった。
「これで十分だよ」
さくりとクラッカーに噛みつく様に何とはなしに目を奪われる。雲雀の並びのいい歯は色づいた唇とは反対に白く、ついそれを無意識に見つめていた。
突如、沈黙を破るように端末から電子音が鳴り響いた。アラームは全て切っているし着信音も止めているのにも関わらず鳴るということは、緊急の連絡なのだろう。ベッドサイドに投げ出してあったそれを手に取り、画面を確かめもせずに耳に当てた。
「俺です。今はホテルに……はい、ここからなら一時間も掛かりません。車の手配が済み次第向かいます」
用件のみが伝えられた通話を終えて振り向けば、さっきまでの半分微睡んでいた瞳は好戦的な笑みを浮かべていた。やはり、こいつは飼い猫ではなく野生の獣だ。
「仕事?」
「まぁな。不穏な動きをしているファミリーをちょいと懲らしめてやれ、だとさ」
穏健派のボスからの指示ではない。つまり、派手に暴れてこいと暗に言われているのだ。同盟マフィアへの顔見せだけで俺と雲雀をわざわざ寄越したのは、そういうことだろう。
「南イタリア観光のクライマックスだ。はしゃぎすぎるなよ」
いつもはベッドから出たがらない雲雀も、こういうときばかりは身支度が速い。流れるような動作であっという間にスーツを身に付けて、慣れた手つきでネクタイを結んでいる。自分も用意していた黒スーツを纏えば、伸びてきた手にネクタイを引かれた。言葉を発する前に呼気を塞がれて、気付けば舌を絡め取られて貪るようなキスになっていた。
「…っ、時間、ねぇから」
食われるような口付けの高揚感に当てられる前に、唇を噛んで止めてやる。何より、これ以上はこっちが抑えきれなくなる。
「いいね」
雲雀が、肉食獣そのものの笑みを浮かべた。あぁ、周囲の被害も考えず暴れるつもりなのだろう目だ。けれど口に出されたのは意外な言葉だった。
「空の青、海の青、夕日、ランプ……変わった色に染まるのを見ていたけど、君の炎の色がいちばんいい」
額を合わせて覗き込まれた上で、そう言われるこちらの身にもなれ、と内心悲鳴を上げたくなったのをひきつった口元で堪えた。つまり、こちらにきてやたら視線を感じたのも、あちこち連れ回しても文句を言わなかったのも、全てその気まぐれな思いつきによる観察だったのか。
「……仕事が終わるまで、それ以上変なこと言ったら果たすぞ」
畜生、脅し文句も滑稽にならざるを得ない。こいつはこういうことを無意識に言い出すから困るんだ。
帰っても土産話のひとつも出来そうにない、とため息をついてもう一度だけ唇を重ね合わせる。
「俺だって見てるっつーんだよ、知っとけ」
「知ってるよ」
もう一度ゆっくり観光する機会があればわかるだろう。俺たちは休暇の間、思っていた以上にお互いばかり見ていたらしいと。
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右腕のヒバ充日記、と見せかけて財団長の獄充日記でした。
本人たちは肉体関係のみの割りきった間柄だと思っているけれどそうではなくて、休暇はボスたちがハネムーンのつもりで送ったのですよ、と。
なお旅行描写はネットで調べたりなんだりの空想です。ナポリ→アマルフィみたいなイメージ。パスタピッツァ食べに行ってみてぇ。飛行機乗ってみてぇ。
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