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どこかへ行こうと決めていた訳じゃない。ただ気構えずにこうしてすごせることなんてそうないから、ゆっくり楽しみたかった。雲雀も多分俺に付き合っているつもりはなく、休暇を満喫しているのだろう。
ふと、雲雀が足を止めた。視線を追えば、小さなバーがあるだけだ。日も暮れて夜の色合いを強めた街に、電球の灯りがじわりと浮かび上がっている。
「入ってみるか?」
頷きもせず視線で応えた雲雀が先にドアをくぐる。するりと解けた指が少し惜しいような気がしたけれど、ドアチャイムの音に溜め息を被せて消した。
雲雀は珍しくカウンターの内側の男に声を掛けていて、何やら返事をもらうとこちらに向き直す。ついで流した視線を追えば、店の隅にアップライトピアノが佇んでいた。つまり、弾けということなのだろう。それなら、と荷物を預けて袖のボタンを外す。バーらしく、少しくだけた弾き方にしてやろうか。
まずは、リクエストを寄越した雲雀にサービスで並中校歌を。まさか南イタリアで突然校歌だとは思わなかったのか、それとも予想通りだったのか、グラスを口許に寄せているけれど雲雀は確かに笑みを浮かべていた。
あとは客の求める曲や、気のままに弾き散らして気付けばすっかりと夜が更けていた。しっとりとしたバラードを締めに鍵盤から手を下ろすと、年配のバーテンがグラスを渡してくれた。礼をひとつイタリア語で返して雲雀の隣に戻ると、深い色の瞳と視線がぶつかった。
「なんだよ」
調子に乗りすぎたかと今さら少し恥ずかしくなって視線を外せば、手元のグラスにかちりとグラスを合わされて、氷が軽やかな音を立てる。
「良かったよ」
囁くように密やかな声は、まるで睦言のようだ。
早くベッドに連れて帰りたいと思いながら、琥珀色のグラスの中身を喉へと流し込んだ。
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