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観光地や名物に詳しいわけでもない。ただ、不意に訪れた休日に雲雀を連れ出したかっただけだ。
車を停め、今度はどうということのない住宅街を歩く。日本とは違う石造りの壁や装飾、路地を眺めながら目的もなく、気まぐれに。時折数歩遅れて雲雀がついてくるのを振り返りながら見ていた。
陽が高い時間だけれど思いの外静かで、石畳を叩く革靴の音ばかりやけにはっきりと聴こえる気がしていた。
ふと賑わいのある通りを見かけて出てみれば、店先で遅めの昼食を取る者や、日用品を買いに来た男、ショーウィンドウを眺める女性、足元を駆け抜ける子供、そしてアーケードに降り注ぐ光が先程までいた裏路地とはまるで違った色を持っていた。無意識に後ろを確かめれば、そこに雲雀は変わらずいて、思わず安堵の息が漏れる。
「君、迷子にでもなったの」
隣に立った雲雀にからかわれるけれどあながち間違いでもないだろう。手の届く距離に雲雀がいなかったとしたらきっとイタリアの熱気に惑わされていた。
「何か買って帰るか」
誤魔化すように顔を通りへと向ける。いくつもの商店が並ぶ中、季節ものの飾りが吊られた雑貨屋の向こうに古めかしい書店を見つけて思わず足が延びた。
「本なんて取り寄せればいくらでも買えるのに」
背後から聴こえる呆れ声は気にせず、足を踏み入れれば小さいなりに凝られた内装と立派な書棚に並んだハードカバーの本が店主のこだわりを感じさせる。こういう場所に来るとまるで宝の部屋でも見つけたような気分になるのは自分だけではないだろう。雲雀を連れてきたことなどすっかり頭の隅に忘れ去り、おすすめコーナーの選定に唸ったり金文字の背表紙を目でなぞったりしているうちにすっかり時間が過ぎ去っていた。
ひたすら無言のままだった雲雀の視線に気付いたのは表のランプに灯が点された頃だった。
「……今、何時だ?」
雲雀が背を預けている柱の上に掛けられた時計は夕方を示している。恐る恐る様子を窺うが、退屈そうに欠伸をするだけで武器を手にする素振りはない。表の通りと比べて人が少ないことが幸いしただろうか、急いで店主に見繕った本の配送を頼み、本屋を後にした。
「何か、食ってくか?」
「いい」
街角のカフェもレストランも、早めに仕事を切り上げた連中で混み合っている。ホテルの部屋で適当に済ませた方がいいだろうか。
「夕食、君が作ってよ」
ぽつりと言われ、一も二もなく頷いた。本屋で放っておいた分の埋め合わせがそれくらいで済むなら安いものだ。
「和食がいい」
「無茶言うな!」
帰ったらせめて美味い日本食レストランを検索するから、と手を引いて生ハムやチーズを買って帰ることにした。
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