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財団長の長い休暇2

 高台から見る地中海はきらきらと輝いていて、それだけでイタリアにきた甲斐があると思わせられた。同様に海を見つめる観光客が多い中で、自分の連れだけが目を細めているのに気付く。
「ヒバリ?」
 人が多いところを好かないのは知っているが、またヘソでも曲げたかと思えばそういうわけでもないらしい。ただ、海から吹き上がる風に乱される前髪に数度瞬きをして、気付いた。雲雀が見ていたのは景色でも周りの人間でもなく、こちらだと。
 仕事着のまま観光するよりは、と通りすがりの店で揃えたカジュアルな上下は似合わなかったろうか。いや、それならば同行すらしていないだろう。むしろ着替えることを拒否した雲雀の方が浮いているけれど、こいつがイタリア風に染まるところなど想像できるわけもない。ならば何故、と問い掛けることもできないまま視線を海に戻した。
 鮮やかな海と晴れやかな空、いくつも浮かぶ船や眼下の街並みなど目を引くものなどいくらでもあるのに、刺さるような雲雀の視線が痛い。それを振り切るように携帯を取り出して、景色に向ける。ボスへの土産だと言い訳をしながら何度かシャッターを切った。それを、不意に取り上げられる。
「おい」
 かしゃりと、作り物のシャッター音が耳に届く。
「そのまま」
 二度三度とこちらに向けて撮り続ける雲雀に、流石に周囲の視線が集まってくる。それもそうだろう、元々目を引く容姿の男だ。それが景色を撮るならともかく同じような年齢の成人男性に携帯を向けてシャッターを切る、なんてどういう状況かわからないだろう。俺だってこいつが何を考えてるのかわからない。
「てめ、返せ!」
 友人同士のじゃれ合いに見えたのだろうか、小さく笑い声すら聞こえてくる。仕方なくそのまま雲雀の腕を掴んで車まで逃げ出した。
「どういうつもりだ、この野郎」
 ハンドルに伏せて悪態を吐いても雲雀は気にせず人の携帯を弄っている。
「別に、意味はないしあったとしてもそれを君に言う必要はない」
 取りつく島もないとはこのことだ。だが、決して機嫌が悪いわけではないのはわかる。細い指先で携帯を弄りながら、口元には笑みさえ浮かんでいるように見えた。
「いい加減返せよ」
 手を伸ばせば抵抗もなく携帯は戻ってきた。画面を見ることもせずダッシュボードに放って、代わりに雲雀へと触れる。何かと問う言葉もないのは今更だ。滑らかな頬を親指で撫でて目を合わせたまま顔を近付けても逸らされはしなかったから一度だけ口付けて、運転席に座を戻した。
「行きたい場所はあるか?」
「別に。僕は知らないから君の好きにしなよ」
「だろうな」
 レンタカーの安っぽいエンジン音を響かせて、走り心地の良いとは言えないドライブをもうしばらく続けることにする。窓からはイタリアの風と潮騒が流れ込んできて、銜えた煙草の煙を揺らしていた。

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